日光市内に残されている文化財を守り伝えるため所有者や管理者のご理解と協力を得ながらその保護と活用を図っています。
名称 |
簀の子橋神社鳥居 |
種別1 |
有形文化財
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種別2 |
建造物
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員数 |
1基 |
地域 |
足尾
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所在地 |
日光市足尾町赤沢
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- 解説
- 江戸期の足尾銅山の中心地は、字銅山(後世通称:簀の子橋)である。簀の子橋という名称は、採掘地に行くのに渋川(江戸期:床谷川)沿いの崖を通り、簀の子を張った橋をかけたことから付けられた。江戸期も簀の子橋はあったが、おそらく明治22年に社宅が100余戸建ってからの通称となったのであろう。明治33年「簀橋飯場3号」という墓碑もあることからも想定出来る。文化3年(1806)「五街道分間延絵図 足尾通五巻」に床谷川の上流から金山社・山神・山神・不動堂・山神・山神・不動堂と表記されているが、そこに至る参道(下流の不動堂 現蓮慶寺下)に「安永5年(175)丙申天五月吉日願主 間遠(藤)村藤右衛門 寄進 銅山師 14村」と刻字された石鳥居が建てられた。鳥居は、水害で倒壊していたものを、護岸工事が施工された昭和62年に蓮慶寺境内に移設再建した。柱間の貫は、その際復元したものである。
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